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かつてのボクに言っておきたいことがある。

「選挙に行くのは時間のムダ」だ。

 

「若者の投票率が低下している」とメディアが叫ぼうと、

「最近の若い奴は…」と周囲に白眼視されようとも。

選挙に行くのは時間の無駄だとボクは思っている。

 

 

民主主義の限界

 

ボクは「政治家の質が〜」とか言いたいわけではない。

問題はもっと根底…民主主義そのものだ。

 

民主主義には大きな限界がある。

それは「人は選べても、その行動までは決められない」ということだ。

 

 

例えば2019年7月現在。

夏の参議院選が始まろうとしている。

その大きな争点になっているのが「消費税」だ。

 

消費税は1989年、当時の自民党竹下内閣が施行した。

当然、国民からは大きな反発を買った。

 

加えてリクルート事件や東京佐川急便事件など

度重なる不祥事によって自民党への不信感は強まっていった。

 

その空気を察した一部の政治家たちは

次々と自民党を離れては各々新しい政党を立ち上げ始めた。

俗にいう「新党ブーム」だ。

 

多くの新しい政党が乱立した。

どの政党も選挙の度に「消費税廃止」を声高に叫んだ。

 

 

そして1993年。

自民党の55年体制が崩壊し日本新党の細川内閣が成立した。

もちろん日本新党も選挙で「消費税廃止」を掲げていた。

 

では政権を取って実際にやったことは何か?

消費税廃止の代わりに税率7%の「国民福祉税」を提案。

 

いわば名前を変えた消費税、しかも増税。

国民や世論の賛同を受けられるはずもなかった。

 

 

次に政権を取ったのが当時の連立与党である社会党だ。

同じく「消費税廃止」を掲げて選挙を戦った村山内閣は何をしたか?

 

消費税を3%から5%に引き上げることを決め

「方針をコロコロ変える節操なしな政党」との大批判を受けた。

 

そして「今度こそ消費税廃止」を掲げた自民党が政権奪還を果たす。

与党に返り咲いた橋本内閣は政権を握るなり

「村山政権時代からの約束」として消費税5%を敢行した。

 

 

…どうだろうか?

これが民主主義の限界だ。

「人は選べても、その行動までは選べない」。

 

 

 

選挙は「相手の土俵での勝負」

 

一つ断っておくならば日本新党や社民党は、

最初から消費税を増税するつもりではなかった。

嘘をついて選挙を戦っていたわけではない。

 

選挙の時点では消費税廃止の熱意はあっただろうし、

実際に政権へ就いた当初は廃止に動いていた。

 

だが「日本の政治システム」によって

消費増税に舵を切らざるを得なかった、というのが本当のところだ。

(この詳しい話はまた別の機会で。)

 

 

しかし彼らは結果的に「有権者を騙した」ことになる。

選挙で掲げた公約とは真逆のことをやったワケなのだから。

 

同じことを企業のトップがやれば必ずや責任を追求される。

だが政治家はどうだろうか?

真逆の政策を咎められることも公約への責任を問われることもない。

 

 

細川内閣も村山内閣も最終的には内閣解散となった。

細川護煕氏は東京佐川急便事件の疑惑を受けて。

村山富市氏は阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件などの煽りに耐えきれずに。

 

少なくとも「公約を果たせなかったから」の引責辞任ではない

そして「結果に対する責任」として職を辞した政治家は未だにいない。

 

 

「嘘ついてでも人気取りして票を取れば勝ち」

極めて乱暴な言い方だがそれが日本の政治だとボクは思っている。

 

「政治を変えたいなら選挙にいけ」と人は声高に叫ぶだろう。

しかしそもそも選挙とは「相手(政治家)に有利な土俵の上で勝負」。

選挙制度というルールも政治家が作っているのだから当然だ。

 

 

国民新党、社民党が政権を取っては消費増税へと舵を切ってからというもの、

投票率は60%を切って今なお下がり続けている。

 

これは多くの人が民主主義の限界を「なんとなく」感じているからではなかろうか?

ボクにはどうにもそう思えてならない。

 

最後に、君に質問したい。

民主主義の限界を知ってもなお、大切な時間を投じて選挙に行くかい?