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さてさて、日課の『ツイ→ブロ トレーニング』。本日のテーマは?
今日のTwitterトレンド1位は……『#阪神淡路大震災』だね

 

2021/01/17Twitterトレンド

 

 

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阪神淡路大震災から26年

 

 

あの震災からもう26年経つんだね
TV越しでもあの高速道路が横倒しになった映像は衝撃だったな……

 

阪神・淡路大震災(はんしん・あわじだいしんさい)は、1995年(平成7年)1月17日に発生した兵庫県南部地震による大災害。

1995年(平成7年)1月17日5時46分52秒(日本時間=UTC+9)、兵庫県の淡路島北部(あるいは神戸市垂水区)沖の明石海峡(北緯34度35.9分、東経135度2.1分、深さ16km)を震源として、マグニチュード7.3の兵庫県南部地震が発生した。

近畿圏の広域(兵庫県を中心に、大阪府、京都府も)が大きな被害を受けた。特に震源に近い神戸市市街地(東灘区、灘区、中央区(三宮・元町・ポートアイランドなど)、兵庫区、長田区、須磨区)の被害は甚大で、当時東洋最大の港であった近代都市での災害として、日本国内のみならず世界中に衝撃を与えた。犠牲者は6,434人に達し、第二次世界大戦後に発生した地震災害としては、東日本大震災に次ぐ被害規模である。戦後に発生した自然災害全体でも、東日本大震災が発生するまでは最悪のものであった。

引用:Wikipedia

『阪神淡路大震災』関連ツイート

 

さてさて。どんなツイートがあるだろう?
やっぱりあの震災を振り返る声と「忘れない」ツイートがほとんどだね
流石に今回はコメントするのも野暮だし、黙ってツイートを見ようか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

震災から得た「忘れない」教訓とは

 

さてさて、阪神淡路大震災から26年。キミは何を思う?
……ぼくは当時テレビでしか阪神淡路大震災を知らなかったから、このトレンドで語れるコトは無いね
だけど同じ震災つながりで東日本大震災は、「帰宅困難者」という形でだけど被災した経験から思うコトはあるかな

 

2011年3月11日の東日本大震災、発生時ぼくは外出していた。

幸いにも事故などに巻き込まれはせず、周囲に誘導されるがまま指摘緊急避難場所へ向かった。

移動した先には同じように避難してきた人々にあふれ、誰がともなく「ここから動かぬよう」との指示を受けた。

 

が、この判断が良くなかった。

寒空の下で数時間。空はどんどん暗くなり、気温は下がっていくが事態は一向に進展しない。情報も入らず、何のアテもなく待たされるだけ。

家族に連絡を取ろうにも携帯電話は回線が混み合ってつながらない。電話ボックスは長蛇の列。

 

「ここに居てもダメだ、家に向かおう」。そう決断したのは空も暗くなり寒さで顔が痛くなってきた19時過ぎ。

家に帰るといっても交通機関は全滅。30km以上ある道のりだが帰るには歩くしかなかった。

電気は不通、信号も外灯も無い暗闇。わずかな空の明るさを頼りに足を動かしながらぼくは後悔していた。「もっと早く、自分で判断して行動すれば良かった」と。

 

あの経験で「誰かの指示に従う」っていう判断が、時に大きな遅れや致命的な結果に繋がるんだと学んだよ
そうだね。もっと早く自発的な判断をしていれば、また別の手段があったかもしれなかったね

 

今回のトレンドとは違うが、ぼくは東日本大震災を忘れない。

「いざという時、判断を人任せにしては痛い目に遭う」という教訓を、身を以て味わったからだ。

家に向かって夜通し歩いた経験は「自分のコトは自分で判断しなければならない」と学ばせてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

そんな経験を振り返りながら、今回のトレンドを眺めていて思ったコトがある。

「あの震災を忘れない」とは一体、何を忘れないのか。その言葉の裏にどのような想いが秘められているのだろう?

 

単に「1/17に阪神淡路大震災があった」という記憶だろうか。

あるいは被災され不遇にも亡くなられた人々への追悼の念?

または今後の生き方や考え方に大きな変化をもたらすような教訓を得られたのかもしれない。

 

「忘れない」との言葉は同じでも、その胸中にある想いは人それぞれだね
なんかタイムライン見てると「忘れない」のノリが軽い気がするんだけど……
……それは単にキミの心が捻くれているだけだと思うよ?
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