おもイズム

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いつまでも結果が出ない人と日本が国際社会でリーダーになれない理由の共通点

いつまでも結果が出ない人と日本が国際社会でリーダーになれない理由の共通点

 

なぜいつまでも結果が出ないのか?

 

ラジオを聞いていてふと思ったことをまとめてみました。
国際情勢に詳しいワケでもないのに…そんなこと語っていいの?

 

 

なぜ、なかなか結果が出ないのか?

 

「これからの時代に日本が国際社会でリーダーシップを発揮するためには…」

 

国会中継を放送するラジオから聞こえたフレーズ。

 

「何年も前から同じことを言っているような気がする…。」

「要は何も進んでいないんだろうな…」

率直にそう思いました。

 

そして。

こうも感じました。

「なかなか結果を出せない人の特徴に似ている…。」

 

世の中には言うことが大きく知識もあるのに、

なかなか行動できず結果が出せない…という人がいます。

身近にも一人いました。

 

 

それは、ボクです。
アンタかよ!

 

動けない頭でっかち

 

20代も半ばの頃。

ボクはビジネス書や自己啓発の本を読み漁っては、

「自分のビジネスがやりたい」と想いを昂らせていました。

 

しかしその「やりたい」が実現したことはなく、

気付いたときには新しい「やりたい」ができていて…。

知識だけは豊富だけど実行が伴わない頭でっかちでした。

 

この頃のボクをいま分析するならば。

「ヴィジョンを描く自分に酔っていた」状態でした。

 

 

戦略ばかりが御大層…

 

国際社会でのリーダーシップ云々にしても同じことが言えます。

リーダーシップ戦略とやらを見てみると、

聞こえの良い御大層な言葉がズラリと並びます。

 

  • 「政府と国際NGOとの連携を強化して…」
  • 「グッドガバナンス実現のための制度を…」
  • 「温暖化対策におけるビジョンの確立と…」

 

ですがやっていることは理想を描いているだけ。

「こんなことができたらいいよね~」で止まっているから。

戦略ばかり熱く語っても実行が伴っていないんですよね。

 

まぁ政府は青写真を描くのが仕事だから仕方ないけどね。あとは税金を使って現場にやらせるだけだし…。
またそういうことを言う…。

 

 

「夢太り」という病気

 

隗より始めよ

という言葉があります。

 

中国の故事で意味は

「大きなことを成したければまず身近なことから始めろ」。

 

大きな夢を抱くのは心地よいものです。

ヴィジョンを描いているときは頑張っている気分になれますし、

「本当にやりたいこと」を探している自分は偉大な気がします。

 

でも大きな夢を描きすぎるほどに行動が鈍ります。

描く理想と現実の自分のギャップが開きすぎるから。

 

「あの知識が必要だ」「この技術も学ばなきゃ」

足りないモノばかりが見えてくる。

どんどんとクリアしなければならない課題が増えてくる。

 

夢を大きく描くほどに自ら行動を縛っていく。

この現象をボクは「夢太り」と呼んでいます。

 

 

”自分中心な国”がリーダーだった時代

 

1980年代。

日本がアジアのリーダーとして見られた時代がありました。

例えばマレーシアでは「ルックイースト(日本に学べ)」が政策の標語に。

 

では当時の日本がどうだったかというと。

高度経済成長期がピークを迎え安定期に入った頃です。

 

それまで日本は終戦のドン底から復興することがすべてでした。

「追いつけ追い越せ」のフレーズにもあるように、

「自国がどう発展していくか」しか考えていなかった時代。

 

このとき日本に「世界のリーダー」なんて考えはなかった。

自国の経済を成長させることがすべてだった。

だけどその姿はアジアの諸国にも勇気を与えた。

 

これこそまさに「隗より始めよ」ではないでしょうか。

 

 

大事よりも小事が大事

 

今では当時のボクを笑えるようになりました。

自分のビジネスを持てるようになったのもそうですが、

それよりも「ちっぽけなこと」の大切さを知れたからです。

 

「やりたいこと」を考えて大きな夢を描くことよりも、

やらなきゃいけないことを片付けることの方がよっぽど重要。

その方が結果に近づくのだと理解できたからです。

 

完璧な計画なんていらない。

行動を鈍らせるだけです。

 

準備が不完全でもとりあえずやってみる。

やれば何かしら課題が見えてきますから。

 

大きく始めてからの失敗は大変なことになりますが、

小さく始めての失敗は難なく取り返せます。

 

 

もしあなたが「いつまでも結果がでない人」だったならば、

大きな理想やヴィジョンを描くことに夢中になっていませんか?

 

 

「明日やりたいこと」ではなく「今日やるべきこと」は何ですか?

足元の課題から一つ一つ片付けていきましょう。

 

運が悪い原因は「目が悪い」、ツキを引き寄せたいなら目を良くしよう

運が悪い原因は「目が悪い」、ツキを引き寄せたいなら目を良くしよう

 

「運が悪い、は目が悪い」

 

なにそれ?
いやぁ。以前「運が悪い人」の話題でふと出た発言だったのだけど…。
今思うと「なるほど」と腑に落ちたので今回は「運が悪い」のメカニズムについて語ってみようと思う。

 

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『人生の一発逆転』を真剣に考えてみたら方法はたった1つだと思った

『人生の一発逆転』を真剣に考えてみたら方法はたった1つだと思った

 

平凡で退屈な人生を一発逆転させたい、と望む人はいるのではないだろうか。

 

ということで今回は「人生を一発逆転する方法」について語ってみようと思います。
なんか、儲かる方法とか売り込まれそうな出だしね…。

 

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「自分を客観視して正しく分析」なんてバカな論調。不可能だよそんなの

「自分を客観的に見る」。

いつ頃からか見聞きするようになったこの言葉。

さも論理的で、賢いかのようなこの言葉にボクは強い違和感を覚えている。

 

というか自分を客観視するなど不可能だと考えている。

「自分を客観的に見ろ」という人は、

本当にそんなことが可能だと思っているのだろうか?

 

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「引きこもりを社会復帰させよう」という同調圧力こそが恐ろしい

「引きこもりを社会復帰させよう」という同調圧力こそが恐ろしい

 

先日『引きこもり』について語っているラジオ番組を聞いたんだけどさ。
30,40代の年々増加していて社会問題になっているって聞くわね。
その番組では「引きこもりを社会に復帰させるには」を色々語っていたワケなんだけど…なんだかなぁと思ったんだよね。
というと?

引きこもりが問題のように語られることにも「社会復帰を支援する」というのにも違和感があるんだよね…。

 

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「これからは動画の時代」?メディアとして”重大な欠陥”があるのに?

「これからは動画の時代」?メディアとして”重大な欠陥”があるのに?

 

YouTubeの登場で個人の動画配信が簡単になって、いよいよ「これからは動画の時代」と言われているわね。企業レベルでも動画広告やマーケティングに本腰を入れるようになっているわけだけど…。
「ブログの時代は終わった」に否定的な意見を述べていたアンタは、この流れをどう思うかしら?

 

 

ボクの主張は変わらないよ。動画とブログはそれぞれ”イメージ”と”テキスト”という性質があって上下や優劣があるものじゃない。それぞれに長所と短所がある。
それどころか動画が持てはやされるからこそ、敢えてイメージ(動画)の”メディアとしての短所”にツッコミを入れてみたいと思う。

 

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「ブログの時代は終わった」は本当?→ウソ。「住み分け」が進んだだけ

「ブログの時代は終わった」は本当?→ウソ。「住み分け」が進んだだけ
確かにYouTubeやSNSの方が情報発信の媒体としては即時性もあるし表現の自由度も上だものね。「ブログの時代は終わった」という言葉にも一理あるかも。
ボクはまったく逆の考えで、YouTubeなどが台頭したことでかえってブログの価値の差別化が進んだと思っている。

ブログというメディアが終わったのではなく、YouTubeなどの”性質の異なるメディア“が登場したことで住み分けが進んできたのが今の状況だとボクは分析しているよ。
「性質の異なるメディア」?
うん。今回はYouTubeとSNSの、特にYouTubeとブログの『”性質”の違い』について語ってみようと思う。

 

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「それ何の意味があるの?」と言う人は知らない『この世に価値あるモノはない』ということ

「それ何の意味があるの?」と言う人は知らない『この世に価値あるモノはない』ということ

 

…昨日の夜なに食べたか、言ってみて?
別にヘンなモノ食べてないよ、ボクは正常だよ。ただ以前に語った「人生の効率化は不可能」ってハナシの続きをしたいだけなんだ…。

 

 

ああ、この記事の最後に「この世のすべてがムダ」って言ってたわね。…てっきり遅めの高二病をこじらせたのかと…。

 

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